愛のスカイライン~ケンとメリーのスカイライン~♪

「いつだって~、どこにだって~、果てしない空を風はうたってゆくさ~♪」

今でも口ずさめますね。

生ギターのイントロで、「ズンズンジャィン~♪」。

良かったですね。

 

ケンメリ
※愛のスカイライン♪・・。かっこいいですね!!

 

もう自分が主役の映像が流れているようで、
思わずニャッとしてしまいますが、
愛のスカイラインがハコスカといわれた3代目で、
ケンメリが4代目のスカイラインなのです。

 

愛シリーズが2代続いたと言うことなのですね。

 

ハコスカは以前書いてみましたが、
今回は皆さんの大好きなケンメリのスカイライン
書いてみたいと思います。

 

富士精密工業から出発したスカイラインですが、
「山並みと青空を区切る稜線」という意味だそうです。

 

その名付けの親である桜井眞一郎氏が思いついた場所といって、
群馬県草津町の山小屋「芳ヶ平ヒュッテ」に生産50周年を記念して、
プレートが設置されたということです。

 

その富士精密工業がプリンス自動車工業に変わり、
さらに日産自動車に吸収合併されたという歴史の長い車です。

 

その中でも一番売れた車が、ケンメリの愛のスカイラインです。

 

GTR
※何ともいえませんネ~・・。最高です!!

 

やはり、桜井眞一郎氏が設計統括をしていて、
サーフィンラインの特徴がデザインに残されました。

 

この車から「警らパトカー」として導入されることになったのです。

 

「警らパトカー」は、専用の規格があり、
エンジンは6気筒、室内はいつでも拭けるように
ビニール製ということだそうです。

 

このケンメリは、「ケンとメリーのスカイライン」という広告から始まって、
先代のハコスカの愛称「愛のスカイライン」も継承されました。

 

若い男女のカップルが日本を旅するというCMは、
ハコスカの豪快な戦士というイメージから、
ソフトな感じに生まれ変わって、人気が凄かったですね。

 

そのケンメリから、わずか197台しか生産されなかった車、
そしてたった4ヶ月の販売という車が幻の車「ケンメリGTR」なのです。

 

この車ぐらいイメージ的に大成功した車はないと思いますね。

 

BUZZというフォークグループが唄った
CMソング「ケンとメリー~愛と風のように~」は、
オリコンランキング19位まで支持され、
テレビやラジオから流れるメロディーを聞いては
「いつかは乗ってみたいなー・・。」と、みんな思ったことでしょう。

 

そのCMの「木」は、「ケンとメリーの木」と名付けられ
観光名所にまでなったのです。

 

その場所は、北海道上川郡の丘にある木です。

 

1972年に発表され、197台で終わった幻の車、

「ケンメリGTR」。

 

排ガス規制は、それまでの多くの個性ある車を、
引退に導くことになったのですね。

 

ちょうど私の20歳過ぎの頃が、
最高の車が見られた時期かと思われます。

 

本当に今思っても懐かしく思います。

 

ただ、今残念なのは、一度だけでもその勇姿をサーキット。

見せて欲しかったですね。 

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