ジオット・キャスピタってなんだと思いますか?

 

今日は、ジオット・キャスピタという車の話ですが、今の時間になってしまいました。

 

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https://ancar.jp/channel/articles-175

 

どうですか、凄い車でしょう!どこの車でしょうか?

ワコールの出資で造られた車ですよ!

1988年です。

 

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スーパーカー列伝60 ジオットキャスピタ

 

造ったのは、レーシングコンストラクターの以前書きましたが「童夢」です。

 

「公道を走るレーシングマシン!」という謳いで開発されたのですが、

やはり、その当時のバブル崩壊から量産とはならなかったということです。

 

それにしても、イタリアのスーパーカーメーカーのように、日本でもあった

ということを本当に知らなかったですね。

 

知らなかったというか、自分が生きることで趣味も何もあったものでは

なかったという時期だったのです。

 

必死で生きるということだけだったのです。

では今は楽なのですかというと、技術が付いてきたことだけは

その当時よりは良くはなったという感じです。

 

「何の技術ですか?」ということですが、一応治療家として、

頑張っています。

 

まあ、それはさておいて、この車はその2年前に飲み屋で出た話から

実現したという、まあ何とも凄い話なんですね。

 

童夢の社長は林みのる氏で、奥さんのお父さんはワコール創業者の

塚本幸一氏ということで、そこに一緒にいたのがラリーで有名な高岡祥郎

氏で当時富士重工業(スバル)のラリーチームの監督をしていたのです。

 

飲んでいるうちに、意気投合されたのかこの車を造ることになったという

わけなんですね。

 

それでも、1989年に完成し10月の東京モーターショーにスバルの展示場で

発表されたのですが、富士重工業のレースでの不振から日産・ホンダのエンジン

や色々検討されて、1993年には日本でのナンバープレートも取れたのです。

 

が、最終的にはバブルの崩壊で消えていくことになるのです。

1989年に公開された、スバルーモトーリ・モデルニ製のF12エンジン搭載の

車は、石川県小松市にある日本自動車博物館内に保存展示されている

そうです。(wiki参照)

 

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