スバルっていえばレガシィって言い過ぎですか・・・。

レガシーと書いてあることがありますが、
名誉のために正式名称は「レガシィ」ということです。

 

レガシィはご存知の通り、アルシオーネSVXが生産終了となってからは、
まさにスバルの看板娘?ではないですね、
看板野郎ということかもしれませんね

 

レガシィ

http://minkara.carview.co.jp/userid/292362/car/177…

※レガシィ、初代の直線美です。

 

スバルは、富士重工業というのメーカーで、
元々は、かの有名な軍需産業の中島飛行機がそのルーツなのです。

 

え、軍需産業の飛行機メーカーが車を造ったってほんと!」
というわざとらしい言葉を並べてみましたが凄いことなんです。

 

飛行機メーカーが車を造るなんてありえないよ
って感じですが、本当なんですね。

 

ただ、それが民間企業としての生き残りでは
大変な苦労もあったんですね。

 

当然、会社がうまくいかなければ倒産するということです。

 

ですからスバルの車産業では、初めは身売りのうわさが出るほどの

大変さでしたが、それを払拭したのがレガシィなんです。

 

初代のレガシィは、1989年に発売になった、BC・BF・BJ型

のモデルで、スバル1000依頼のジリ貧から光が当たるヒット作品

となったのです。

 

そのエンジンは、「RS」グレードに載った「EJ20」ターボは、
何と220PSの今までのワゴンクラスにはない最強の車だったのです。

 

やはりリッター100超えですね。

 

さらに、テストドライバーのチーフは、車両研究実験部の辰巳英治が

担当し、テストコースだけでなく、世界のあらゆるところを走り

つくして造ったいわゆる、辰巳氏の単独意見の車だったというのです。

 

凄いというか、会社の存続さえも危ぶまれていたというのに

よく役員の方が承諾したと思いますね。

 

そのレガシィは、デビュー前の走行で、アメリカ・アリゾナ州

フェニックスで行われた10万km耐久走行で、

平均速度223.345kmを達成し国際記録を作ったのです。

 

さらにバブル景気もあって、「ハイパワー4WDツーリングワゴン
という独自のカテゴリーを創造したのです。

 

初代のレガシィは、スバルという新しいブランドを向上させるためにも、

世界の車メーカーに必死の戦いを挑み、ついに世界ラリー選手権(WRC)

の1993年、初優勝を成し遂げたのです。

 

レガシィ3代目

http://b-cles.jp/car/purchase_used/legacy_wgn_3rd….

※3代目です。いい車でした。

 

実は、3代目のレガシィには、私も乗っていました。

3代目に載せられた「EJ20R」型のエンジンは、GT-Bという車で、

世界で始めて2000ccで280PSの高馬力を達成したのです。

これはレース車ではなく、一般販売の車なんですよ。

 

え、どんだけ!!という感じですね。

 

本当に凄いということがぴったりの車でした。

 

恥ずかしいのですが、その車で、外環を走りオーバーヒートさせ

エンジンを壊してしまいました。

 

大泉ジャンクションで、一般道に出ようとしてブレーキングしていたら、

エンジンがいきなり停止。

 

一巻の終わりという事態で、その後はジャスのレッカーで引いてもらう

という情けないものでした。

 

皆さん、車は優しく扱いましょう!・・・でした。

コメント2,436件 “スバルっていえばレガシィって言い過ぎですか・・・。”