2016年, 11月

オートバックスの車って何・・?

そうです。ASL・ガライヤという車です。

オートバックス・スポーツカー・研究所(ASL)の「我来也」という

中国の盗賊で、鼠小僧のようにその盗品を貧民に配った

という話の名前です。

 

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http://www.dreamswan.com/GT4/Car/ASL/G02/Car.htm

「ASL」は、トミーカイラ(ブランド名は、トミタ夢工場創業者の

冨田 義一(とみた よしかず)社長と解良 喜久雄(かいら きくお)

副社長の名字を組み合わせたもので、1987年から製造販売が開始された

公認チューニングカーで使用された。=ウィキ参照)のオリジナル

スポーツカー部門を買収して、そのまま引き継ぐような形で設立された

会社です。

 

と有りますが、あのオートバックスが小売業から研究開発までを

やっていたことは、噂にしか聞いたことがなかったのです。

 

ただ、SUPER GT レースには、その後に参戦していたので

皆さんにも広まったかなと思います。

 

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http://f1-web-gallery.sakura.ne.jp/cn21/pg57.html

ただ、イギリスで製作され100台の初年度販売目標となっていた

らしいのですが、なかなか販売まで行き届かずに終了となり、

すべては終わったかに思えていたのです。

 

その後、2007年に鈴木亜久里の「我来也」復活の音頭で、

再参戦し活躍していました。

 

ただ、自動車業界の難しさから、2012年にその活動を休止

せざるを得なかったのです。

 

さて、本題の「ガライヤ」ですが、2ドアスポーツカーで、

ボディはオールアルミ製。ドアは、ガルウィング式ドア。

 

車の重さは800kgという軽さの車に仕上がったのです。

試作車は、イギリスの頭部ということでロータス・エリートなどの

工場があるようなところで造られました。

 

「ガライヤ」の主要部品は、ほとんどが日産のもので

テールランプは、アルファロメオということですが、

日産との業務に対する契約がもっと深いものまでなっていたら、

継続が出来ていたかもしれないと勝手に思ってはいますが・・。

 

少量生産のスポーツカーということで、価格設定も高いのかな

と思ったのですが、650万円という金額だったそうです。

 

まあ、高いか安いかは、購入する人の心づもりということ

なんですが、乗って走ってみたいですね。

 

ただ、ちょっとこの派手なスタイルでは、恥ずかしいのが

先に来るかもしれませんね。

 

それにしても、購入時には試験があるというのも驚きませんか?

実技・筆記・面接ですよ。お金があっても試験に合格するかは、

難しいものだったかもです・・。

 

アルファロメオに、万博の名前が・・?

アルファロメオ・モントリオールという車です。

 
アルファロメオという自動車会社は、イタリアの自動車会社で、

歴史は古く、1910年設立ということです。

第二次世界大戦以前から自動車レース界の雄といえる会社です。

 

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http://www.super-car.net/alfa-romeo-montreal/

 

アルファロメオの名前は、ほとんど車が好きな人なら知らない人はいない

と思いますが、当然イタリアでも名が通っている由緒あるメーカーです。

 

でも、やはり業界の不況とも重なりその影響で、今はイタリア最大手の

フィアットの傘下になっています。

 

それでも、レースイコールアルファロメオということでスポーツカー の

ブランドとして、今でも頑張っているようです。

 

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http://www.super-car.net/alfa-romeo-montreal/

 

1920年代にそのレース部門の責任者だったエンツォ・フェラーリ

のちに独立して、かの有名なフェラーリを設立したのです。

 

後にそのフェラーリでアロファロメオの車に勝った時に、

「私は自分の母親を殺してしまった」といってその複雑な気持ちを

話していたとか(ウィキ参照)。

 

ここまでいろいろな車の話を書いてきましたが、とにかくイタリアは

凄い国ですね。

 

頭は常に、レースレースという感じに見えませんか?

フェラーリ、ランボルギーニ、デ・トマソ、マセラティ、ランチア、

フィアット、アウトビアンキ、アバルト・・・。数えられません。

 

とにかくわかったことは、イタリアという国は男も女もスピード狂

(失礼しました・・。)といえるのかも知れませんね。

 

さて、アルファロメオ・モントリオールについてですが、

この車の名前は、1967年のモントリオール万博に出展された記念

ということで、この名前が付けられたのです。

 

製造販売としては、1970~1970年の間に3700台ぐらいが

生産されているということです。

 

日本には、伊藤忠商事が総代理店として10台のみ輸入された

ということです。

 

まあ、ですから見かけることが出来れば奇跡としか言えないかも

しれませんね。

 

デザインは、かの有名なベルトーネで、私としては好きな方ですが

皆さんはどうですか?

 

ただ当時の価格としては、大学初任給が4万円の時に770万円

したのですよ。今なら、4000万円ですね。

 

心臓部のエンジンは、2593ccで230ps、最高速度は220km/h

というスーパーカーブームに話題性を常に出してくれた車でもあります。

 

でも、ちょっと乗ってみたいとは思っても、価格を考えると雲の上の

夢の話でもありました。

 

希望に燃えて、「宝くじ」でと思ったのですが、当時は、1等1000万円

が当たらないと買えないなという厳しい現実が買う気力を無くさせて

くれました。でも、夢だけは見ていたいですね。

アルピーヌ A110はすごい車です・・!

「アルピーヌ A110」。

この名前も皆さんはご存知かもしれませんね。

 

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https://newcars.jp/news/renault-alpine-as1-spyshot…

 

フランスの自動車メーカーですが、ルノーという同じフランスの

自動車メーカーが親会社で、日産自動車の親会社としても有名で、

カルロスゴーン氏が現会長です。

 

アルピーヌは、そのルノーのディーラーをやっていたレーシング

ドライバーのジャン・レデレ氏が設立した会社なんですね(ウィキ参照)。

 

1956年ですから、それほど古い会社でもないのですが、

このアルピーヌA110は、ラリーでもサーキットレースでも

大活躍を見せてくれたのです。

 

ですから世界的にも、名が売れた車なんです。

ただ、やはり浮き沈みの多い業界で1973年にルノーに株式を

譲渡してからは、アルピーヌ・ルノーというブランドで生産を

続けてきたのです。

 

2001年に、カルロス・ゴーン氏が会長に就任してからは、

車種の拡大と共に、アルピーヌのブランド復活をかけていますので、

来年の2017年にはきっとすごいスポーツカーが発表される

ことがわかっています。期待しましょう!

 

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http://racingcar.ready.jp/?p=987

 

さて、A110の話の続きをしたいのですが、まずは特徴として、

A110のデザインですね。

 

ドイツのポルシェ似の顔で、FRPのボディーにより730kgという

軽量化が実現し、駆動ほうしきもRRというポルシェ911のような

走りからWRC初代の優勝車となったのです。

 

さらにルマン24時間レースでも大活躍を見せてくれたのです。

 

2012年にはアルピーヌA110の50周年にあたるとして、

なんとあのスカイラインGTRのエンジンをミッドシップに積んで、

それにカーボンファイバーのボディを組み合わせるというちょっと

贅沢な車が造られたのですが・・。

 

まあ、それほどA110にかける思いは大きかったと思われますね。

 

私もこの頃の時代が青春だったので、当時はラリーに夢中になり、

ちょっとした大会にも参加したりして、車バカというあだ名も

うれしかった時期ですね。

 

22歳になって、父が倒れ、土建業の後始末や、負債の整理から、

さらに父の入院の付添と寝る暇がないくらいに日常生活が変わって、

3か月ぐらい経った頃に疲労で倒れてしまいましたが、

それでも18歳からの4年間の思い出は忘れられない、

充実していた時期ですね。

(まあ、傍から見たらただのバカ息子ですが・・;。)

 

1977年にこの車も歴史が終わるのですが、

ホントにレースのA110という感じで、その頑張りには

拍手を上げたいぐらいです。

 

日本にはどれくらい入ってきたのかはちょっとわからないのですが、

十数台の車が中古車市場では出ているようです。

が、すべて値段はASKとなっていましたが・・。

 

1962年から1977年まで、初めは1L未満の排気量から始まり、

レースの1.8Lの時は200km/hオーバーの最高速度も出せる車

世界の度肝を抜いたともいえる車だったのです。

77年以降は、スペインやメキシコでも生産が続けれたようです。

 

でるか、アルピーヌ 2017!!

 

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http://www.autocar.jp/news/2015/06/09/126493/

 

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