2016年, 10月

DB5といえば、007ですね・・!

アストンマーティン DB5!!

この車ほど、有名な車はないかもしれません。

 

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http://123hdwallpapers.com/ja/aston-martin-db5-roa…

 

このアストンマーティンは、英国の自動車メーカーで、

正式な名称は「アストンマーティン・ラゴンダ」です。

 

「アストン・クリントン」村の名前と自分の

「ライオネル・マーティン」の名前を合わせたもので、

1913年と歴史もある品質にこだわった、手作りの車という

高級車専門の自動車会社ということです。

 

採算を度外視している為に、経営不振に陥ることが多かった

ということで、経営もいろいろ変わった会社なのです(ウィキ参照)。

 

この車にある、「DB」も一時経営していた「ディヴィット・ブラウン」

のイニシャルということです。

 

なぜ知らない人がいないのでは、と書いたのは、

映画007のボンドカーとして幾度となく出演している為です。

 

とにかくその出演映画の多さは驚くほどで、一つの車が

これほどまでに使用されたということは、

イギリスの営業かなとも感じられるぐらいですね。

 

ちょっと「ウィキ」から拾ってみましたが、ボンドカーとして

『ゴールドフィンガー』『サンダーボール作戦』『スカイフォール』

に使用され、また『ゴールデンアイ』『トゥモロー・ネバー・ダイ』

『カジノ・ロワイヤル』『スペクター』でも登場し、

アメリカ映画『キャノンボール』ではボンドカーに準じた装備で

ロジャー・ムーアのマシンとして登場している。

 

アメリカのTVドラマ『スパイ大作戦』の第1シリーズ

「武器弾薬を渡すな」では、左ハンドル仕様で赤い車体のものが、

メンバーの逃走用自動車として使われたとも載っていました。

 

ボンドカーでは、本当にすごい車にチューンされていて、

あんな車があったらなあと、本当に思わせた車でした。

 

アストン・マーティン社の凄いところは、その造りというか

2014年現在で、過去の出荷台数の9割が実動車という

ことなんです。

 

こんな自動車会社があったのですね。

ただ、高級車ということもあってあまり製造されなかったようです。

 

DB5の心臓部には、3995ccの排気量で、

282hpという馬力と314ps馬力という2車種が販売されて

いたようです。

 

DBシリーズでは、その後も生産されてDB10までなっています。

そのDB10ですが、映画「007スペクター」の登場した車が

オークションにかけられて、

243万4500ポンド(3億9000万円)で競り落とされた

ということです。

 

当然のごとく、映画に使われる車は改造に改造せれていて、

実在する完全な車はあるのかなと思ったら、

2台だけ残っていてその中の一台ということですから、

本当に自分だけのための車ということになるのですね。

 

db10

http://www.roadandtrack.com/car-culture/entertainm…

 

そして、この車にはボンドのサインも入っているということですが、

公道を走る承認を得ていないので自分の庭を走るということでしょうか、

っていう心配はいらないですね。

ポルシェ911って知らない方は・・?

ポルシェ911。

もう説明はいらないですよね。

 

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http://www.carsensor-edge.net/wallpaper.html

 

フォルクスワーゲンの「かぶと虫」を造る時に、ヒトラーと共に

手を尽くした「フェルディナント・ポルシェ」によって

デザイン事務所として設立された(ウィキ参照)会社とあります。

 

そして、その会社名は、

フェルディナント・ポルシェ名誉工学博士株式会社」という

何とも長い名前なんです。

 

高級スポーツカーとレーシングカーの専門メーカーとして

今でも世界的に有名な会社ですね。

 

特に、1963年の「911」は、世界のポルシェといわれる車に

なって、まず車の好きな人なら知らない人はいないでしょう。

 

デザインの会社からスタートして1948年に初めて息子の

「フェリー・ポルシェ」が、356.001という

アメリカンロードスターを発売して自動車メーカーになった

ということです。

 

それでも、デザインやエンジニアリングの方も続けていて、

メルセデス・ベンツの500E、C11、ボルボ960、

アウディアバントなどのエンジンチューンを手掛けたりして、

他のメーカーの割合が10%を超えるような信頼された仕事を

続けていたのです。

 

特に有名なのは、月面車の設計を受注しその設計料は

5000万ドルだったといわれています。

 

経営の同族とした状態は、その後のいろいろな経営事由もあり、

フォルクスワーゲンの株式を取得し、傘下に収めるという目論見

もあったということですが、その資金を巡って逆に行き詰まりに

追い込まれるという事態になり、2012年8月1日に

フォルクスワーゲンの完全子会社になってしまいました。

 

今回は、親会社の不祥事もあって、ちょっとまた行く末が

と思いましたが、今は少し落ち着いてきているように思います。

 

ポルシェも、1990年代のアメリカでの不振が続き、

その奪回を目指して「ボクスター」というロードスターや

SUVの「カイエン」という車なども発売して2008年には、

10万台近くの実績を作っています。

 

「カイエン」は、フォルクスワーゲンとの合作として販売し

成功を収めているのです。

 

ドイツ車の素晴らしさは、以前に書きましたが、

足回りの安定感や高速道路での走行安定感は、そのスピードを

感じさせないほど素晴らしいものです。

 

ドイツ周辺には、ヒトラーが考えたというアウトバーンがあり、

日本の高速道路のように制限速度がなく、最高速度が無制限ですが、

130km/hが推奨最高速度などど標識などに出ているそうです。

 

皆さんはどれくらいのスピードを出したことがあるでしょうか?

若かりし頃は、馬鹿さ加減で走ってしまいましたね。

ちなみに私は175km/hが一般道路でのスピード記録です。

 

でも、40年前ですからとっくに時効ですと、

一言付け足しておきます・・(恥かしいですが・・。)。

 

9112016

https://www.kurumaerabi.com/test_drive/2016/427/

 

ポルシェ911は、今でも一回は乗ってみたい車ですね。

かぶと虫とカルマン・・?

かぶと虫・・?

それは、ワーゲンビートルです。

1938年から2003年までの65年間の生産歴史がある車は

世界でもほとんどありません。

 

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http://jp.autoblog.com/volkswagen/beetle/

 

なんと、累計生産台数が2153万台という数字は、もう二度と

記録する車は現れないだろうといわれています。

 

1920年代から、フェルディナント・ポルシェによって

小型高性能という大衆車の普及が、あのヒットラーの大衆政策

と結びつくことによって実現したものなのです。

 

ただ、第二次世界大戦という中で、その工場が破壊されたり、

ヒトラーの動向でも影響受けた自動車メーカーでした。

 

戦後はフォルクスワーゲンの工場はイギリスによって

管理されたが、西ドイツ国内からアメリカ合衆国はじめ

海外への輸出に成功し、戦後の復興に大きく貢献したのです。

 

ドイツでは、1978年に生産が終了していますが、

この頃の排ガス規制により、欧米の各国は、 登録禁止の

処置にまでされたことがある車なのです。

 

その後、1998年からは、ニュービートルということで

生産を再開しています。

 

そのニュービートルは、以前のフォルクスワーゲンのデザインを

世襲したもので、ほとんどそのままの形で販売されています。

 

世界的な輸送機器販売台数といえば、

ホンダのスーパーカブですが、どれくらい売れていると思いますか?

 

なんと、2014年3月現在で、8700万台ということです。

すごいですね。

 

さて、先ほどから書いていますが、ヒトラーとポルシェの車好きな

ことが、この車の大衆的で高性能という、厳しい条件をクリア

させたのです。

 

その条件とは、丈夫で長持ち・維持費が安く・家族的5人乗り・

成人なら4人・巡航速度100km/h・燃費で14.3km以上

ということで、更に1000マルク以下の販売価格ということですから、

相当厳しいものだったといわれています。

 

かぶと虫から生まれた、カルマンギアという車はご存知ですか?

 

イタリアのカロッツェリア・ギアがデザインした中々の車です。

 

中々というのは、このカルマンギアもそうですが、空冷エンジン

本田宗一郎氏もこだわった)で1200ccから後に

1600ccまでに引き上げありましたが、馬力不足は否めない

ことで、プアマンポルシェ(貧乏人のポルシェ)という

評判までついた車です。

 

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http://cartown.jp/usedcar/volkswagen/karmann-ghia/…

 

でも、世界的に売れた車として、今でもそのファンが

支えているようです。

「7」といえば「RX7」ですね・・!!

「7」といえば「RX7」ですね・・!!

マツダ・サバンナ・RXー7というのが正式な名前です。

 

rx7

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%84%E…

 

1978年3月に発表されて以来、三代目の車まで24年間

スポーツカーに徹したロータリーエンジンの車です。

 

当時は、スーパーカーブームであり、よくポルシェ924

似ている国産車ということでも人気はありました。

 

ただ、似てはいるのですが、どうにも安っぽいという感じが

あって、アメリカでは「プアマンズポルシェ」という何とも

上から目線的な愛称をいただいたのです。

 

初代のRX7に限ったことではないのですが、マツダだけではなく、

日本車全体に言えることですが、特に足回りのバランスが貧弱で

カーブでの落ち着きも甘く弱かったようです。

 

それでも、排ガス規制以前は各社とも、馬力の数字には敏感に

なっていた頃ですから、その頃の最高速度や馬力の数字にまず

戻すこと、このことが目標だったのです。

 

この初代では、0~400mが15.8秒ということなので、

まずは排ガス規制の前に戻ってきたと言えるようでした。

 

その数字は、240ZGがたたき出した数字だということで、

まずは第一歩ということです。

 

この初代のエンジンは、12Aという573cc×2ローターで、

130psと165psの2車種があり、車両重量も1005kg

でそれ程重くはなく、逆にちょっときゃしゃかなという感じでした。

 

7年後、二世代目のRX7となり、ポルシェ944に似た感じで、

エンジンは13Bとなって215psまで上げてきたのです。

 

タイム的には、0~100mで7秒弱、最高速度238.5km/h

という数字をたたき出しました。

 

この数字からは、もうその辺の車には負けてはいない位になって

いました。

 

1991年には、ルマン24時間レース総合優勝を決めて、

特別仕様車「ウィニングリミテッド」を1000台発売している。

 

そして何と、カブリオレを記念に発売もしていたのです。

あまり見たことはないですね。当然販売台数も少ないしね。

 

でも、ロータリー史上初めての二人乗りのカブリオレ

ということだそうです。

 

さて、三代目になると「ザ・ロータリースポーツ」とか

「ザ・スポーツカー」というキャッチフレーズの車でしたから、

力の入れようは半端じゃありませんね。

 

エンジンは、13Bで280psという国産限度の数字まで

上げているのです。

 

また、他のロータリーエンジンの搭載車が1996年に終了して

からは、RX7が唯一の ロータリーエンジン車となったのです。

 

この車は、より軽く、より低く、より早くというスポーツカーの

原点を掴み取ったようでしたが、スポーツカー需要や燃費問題

というロータリーエンジンが持つ欠点をカバーするまでは

至らなかったのです。

 

そして、2002年にその歴史は閉じたのです。

完成度が高かったのですが、やはりその時々の時代の流れ

とはいえ、寂しいことですよね。

 

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http://response.jp/article/2015/07/09/255327.html

でも、また復活してくるかも・・。

コルベット ステイングレイの勇姿と大場選手とは・・?

コルベット・スティングレイの勇姿は・・!かっこいいですね!

「コルベット・スティングレイ」、GMの車です。

 

korubetto

http://garagekm.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/pos…

 

シボレーブランドの車で、英国やイタリアなどのスポーツカーに、

負けないような車を作らないといけない、ということで開発された車だそうです。

 

初代こそ、アメリカンという車だったのですが、

二代目からは徐々にイタリアンスーパーカーに追いつけ追い越せのような

開発合戦を繰り広げてきたのです。

 

ですから、徹底したハイパワーにこだわり、ロングノーズにショートデッキという

FR(フロントエンジン・リアドライブ)の車にもこだわったのです。

 

第四世代からは、その傾向が特に目立つようになり車高も1200mmを切るような

本当に流れるような 美しさを持った車に変わっていったのです。

 

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とにかくデザインの美しさとパワーの凄さには、通常の市街地をドライブする

ような気分で乗れるものではなかった、ということが言われていました。

 

とにかくレーシングマシンを、そのまま市道で走らせたということです。

 

皆さんもご存じの、プロボクシングWBA世界フライ級チャンピオン「大場政夫」選手は、

1973年1月25日、このコルベット・スティングレイで、首都高5号線を走行中、

カーブを曲がりきれず、中央分離帯の乗り越えてトラックと正面衝突。

 

トラックの下に押しつぶされるようになって、一瞬見ただけで助からないだろうと、

言われたぐらいの酷さだったと言われています。

 

それから一気にコルベット・ステイングレイの名が広がり、日本でも一躍有名な

車になったのです。

 

大場選手は、その強さでもファンは多く事故のニュースでは、

日本中が信じられないほどのショックを受けた出来事だったのです。

23歳の若さでした。「永遠のチャンプ」といわれています。

 

第四世代に入り、その姿はさらに低く、流れるような美しさに、

獲物を狙うようなそのコルベットですが、1988年には、チューニングされた

エンジンは、900馬力という化け物に引き上げられて、最高速度409km/h

という世界最高の数字をたたき出した(ウィキ参考)のです。

 

行動を走るレースマシンのコルベット・スティングレイですが、やはりある程度

の運転技術が必要だということを認識して購入した方がいいかなと思えます。

 

今のコルベットは、7代目となっていますが、以前のような個性的というよりは、

何か今発表される車達の顔は、みんな似ているように感じられるのは私だけかな

という思いがあります。

皆さんはどう感じていますか・・?

ナイトライダーってトランザム・・?

ナイトライダーってトランザム・・?

ゼネラルモーターズのポンティアック・ファイヤーバード・トランザム

がその正体です。

 

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http://jp.autoblog.com/tag/knight+rider/

 

ファイヤーバードの第三世代で、第二世代の荒々しい車から、

大人の車という感じに変わりました。

 

第二世代は、イーグルマスクで火の鳥をボンネットいっぱいに飾り、

排ガス規制前には何と7.5Lのエンジンで540馬力という

化け物みたいな車だったのです。

 

「トランザム7000」という映画によってトランザムの名が

一躍有名になったと言われていますが、当時はもうお化け

みたいな車たちばかりで、ガソリンを撒き散らすようなもの

だったのです。

 

しかし、国産車も排ガス規制から、エンジンの力は相当ダウン

させられてしまったのです。

 

1987年になって、第三世代のおとなしそうなヨーロピアンタイプ

となり、その車を改造したのが「ナイトライダー」ということなんです。

 

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https://goin.jp/5274

 

カッコよかったですね~

車が言葉を話すという設定では、こんな車がほしいと私でさえ

思いましたが、やはりアメリカでもその影響があったらしいです。

 

その「ナイトライダー」の番組を見て、ナイトライダーのトランザム

がほしいとお客様が増えてきて「ナイト2000」という車だと改めて

発表したとか。それだけテレビの影響は大きいのですね。

 

この第三世代ぐらいから、火の鳥のマークは使用しないように

なったということですが、初めてイーグルマスクの時の、

黒い車に書かれた 火の鳥にはびっくりしました。

 

カッコいいけど派手すぎるんじゃないのかなと、

一瞬ひるみましたが、その派手さがよかったのでしょうね。

 

街でも結構見かけましたからね。

 

第三世代になると、なかなか私の眼には入らなくなって、

それほど日本には入ってこなかったのかなと思うのですが、

どうなんでしょうね。

 

アメ車というと、まず大きいということと、ガソリンをばら撒く車という

イメージですが、ヨーロッパや日本はやはり石油が産出されない

国なので、小型で燃料の食わない車が主流になっています。

 

最近は、またスポーツカーブームのようになって来ましたが、

1970年代の前のような個性ある車の時代までは、ならないのかな

と思いますね。

バラクーダって魚ですか・・?

バラクーダって魚・・?なんて言ってもうけないですね・・;。

バラクーダってご存知ですか?

 

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http://afosi.exblog.jp/10141490/

 

結構やんちゃな車なので、いろんな映画に出演していますね。

正式には、クライスラー社のプりムス部門で製造された車で、

プリムス・バラクーダといいます。

 

「さんま」さんの車というのも結構知られていましたが、

特にすごいのは、ワイルド・スピードの映画ですね。

 

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http://www.woowals.com/%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%80…

 

7作目のSKY MISSIONという映画ですが、主演のポール・ウォーカー

が事故で死亡するということもあって、皆さんが見られたかもしれません。

 

その中の車の一台に、バラクーダがしっかり出ていましたが、

1973年製の車のようです。

 

その他にも多くの映画に登場するくらい人気がありましたね。

 

この車が発売になった時は、フォード・マスタングも発売を

目指していて、その一週間前にバラクーダが発売されたという

ことです。

 

バラクーダは、初めからファストバックという、リアを

なだらかにした物で、そこのところをガラスにした当時としては

最大のリア・ウィンドウ・ガラスの車だったのです。

 

そして、手ごろな価格で、コンパクトでスポーティカーで

スタイリッシュな車を、ポニーカーと呼んでいたということです。

 

3代目のバラクーダは、特にマスタングや当時の車たちの歩む

巨大化路線に進んでいったのですが、1973年のオイルショック

により、他の車同様生産終了に追い込まれていくのです。

 

でも、バラクーダは、その次の年の1974年まで持ちこたえた

ということですが、やはり終了という決断に迫られたのです。

とにかく、アメ車の大きさは半端じゃありませんね。

 

1970年に造られた車で、ヘミ・エンジンと呼ばれ7.0Lという

桁外れのエンジンの、ヘミ・クーダという車も発売されましたのです。

 

この当時の車は、いろんな映画に出演しているように人気があり、

今はコレクションになっているということなのです。

 

この3代目の車は、ダッジ・チャレンジャーの兄弟車ということで

登場しています.

 

このバラクーダは、当時のアメリカそのもので、とにかく大きい

ことはすべてが大きく、エンジンから車体まで、オイルショックが

なかったら、どうなっていただろうと思わずわくわくしてしまいます。

 

兄弟車のダッジ・チャレンジャーも人気が高く、発売時の1970年

には、8万台というセールスを記録したということです。

 

オイルショック以来、ほとんどのマッスルカーが生産を止めたことで、

アメリカンドリームのような力強い時代の終焉のような感じになって

いました。

 

2008年ぐらいから、またマッスルカーが出始めているようですが、

今はマッスルカーとは言わなくなっているのかも・・。

マッハ1!音速の話ではないですよ・・!

マッハ1、音速ではないですよ・・!フォードの車です!

マッハ1=340.29m/S 時速1224km・・・。

ですから、その~、スピードじゃなくて、車なんですが・・。

 

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http://minkara.carview.co.jp/userid/627935/blog/28…

 

なんてうけもしない、寂しい一人芝居をやってる場合じゃない

のですが、ムスタング・マッハ1です。

 

特に初代の話を書いてみたいと思います。

「本当は、この車を早めに書きたかったんじゃないのか?」

と聞かれると、素直に「はい!」です。

 

どうでしょうか?皆さんもご存知の車だと思いますが・・。

 

トヨタ・セリカLBや三菱のギャランGTOのデザインには

大いに影響を与えた車といってもいい車です。

 

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http://www.j-sd.net/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3…

 

ところで、この車には乗ってみたことがないのです・・。

寂しいですね。悔しいですね。

 

今でも乗せてください!と大きな声で叫んでみたい気分です。

表記的には、「Mustang」ということで、マスタングが正解

らしいのですが、日本では、フォード・ムスタングと表記されて

いた時もあったのです。

 

第二次世界大戦後に出生した世代向けのスポーツ感覚で乗れる車

ということで、1964年に発表されて以来大ヒットとなった車

なのです。

 

今でも、比較的に安い価格設定(22200ドル)なので、

人気が高いのですね。(日本では結構高い。)

 

マスタングとは、戦闘機の名前でも有名ですが、「野生馬」

という意味だそうです。

 

マスタングの歴史は、1964年から始まり、大きく分けて

7代ということになるのだそうですが、そのデザインは初代の

マスタングから変わることのない2ドアクーペのデザインに、

こだわった車だったのです。

 

まず初代は、ハードトップのスポーティカーで 発売当初から

人気が高く、販売台数は、全米の記録に残る車だったそうです。

 

車の価格は安く設定して、いろいろチョイス出来るような

オプション設定をして、その人その人の楽しみが出来るように

設定したのです。

 

翌年の1965年には、後のマッハ1に繋がるファストバック

のスタイルの車が登場すると、もう大変です。

 

映画のシーンにあちこちと登場して、これでもかというぐらい

の意気込みだったということです。

 

いろいろ話題を作った初代に続いたのが、二代目の

マスタングです。

 

スポーツルーフという名称で、以前の車よりがっしりとした

感じになり、大きくなった車に生まれ変わったのです。

 

とにかくかっこいいです!

 

このかっこいいマッハ1が、何と栃木県警に寄贈されたこと

はご存知ですか?

 

そのことを知った時には、時々東北高速で栃木の辺りを走り

回りましたが、見れませんでした。・・・残念。

 

 

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http://moonorbit.blog77.fc2.com/blog-date-20110827…

※これはやばい・・。逃げ切れないなあ・・・。

 

今は、鹿沼市の免許センターに展示されているということですが、

機会あったら見てみてくださいね。

 

そして、かっこいい車の映画出演といえば、トヨタ2000GT

も出演した007シリーズです。

そしてまたこの二代目マッハ1も、オイルショックで消えていく

ことになるのです。辛いですね・・・。

マークⅡGSSって、ご存じですか・・?

コロナマークⅡGSSってご存じですか?

トヨタのコロナ1600GTのお兄さんですが、あまり知らない

方が多いかもしれません。

エンジンは、8R型1900ccという、当時でも中途半端に感じる

排気量でしたが、シングルキャブレターとSUツインキャブレター、

それにGSSのDOHC(10R型)がありました。

 

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http://yamada25tm.exblog.jp/16486655/

 

このマークⅡは、コロナとクラウンの間に位置させる高級車的な存在

だったのです。

その中で、スポーツカーに仕上げた車がマークⅡGSSなんです。

140psで、200km/hという当時としてはすごい車だったの

ですね。私が乗っていたのはSLというツインキャブの車です。

 

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http://ameblo.jp/kusahiloid-azunyan/entry-12003180…

 

結構これも力がありました。

人生最初に買った車が、このマークⅡSLで、1年ぐらい乗って

いましたね。

 

エンジンはいじらずに、エアスポイラーを付けたり、

タイヤを変えるくらいでした。

 

でも、ちょっとでも何かを変えてあげると、車が喜んでくれて

いるようで、洗車に半日かけて、ご飯を食べる時間もいらない

くらいに熱中していました。

 

もう40年以上も前のことなので、実際の乗った感覚は薄れて

しまいましたが、シフトノブを透明のものに花弁が入っている

ような物に変えたり、バケツといわれた でかいフォグランプ

つけたり、どれもあまり意味もないことなんですが・・。

 

そして、皆さんは知らないと思いますが、8トラテープというのが

あって、それを車に取り付けて音楽を流すというシチュエーション

を彼女のために必死で考えるのも、青春でしたね。

まあ、自分の好きな音楽も聞いてはいましたが・・。

遠乗りをした時には、よく聞きながら走りまくりましたね。

 

その8トラのテープは、大きいし、値段も高いし、邪魔になって

しまうというのがあって、曲数もないので、友達に「またこれ?」

状態でした。

 

そのSLの上に出たのが、GSSなのです。

正直言いますと、その頃のパンフレットに書いてある性能を表す

数字を見ても、それほど信じているわけではなかったのですが、

一応は比べます。

 

でも最高速度が、書いてある数字をそのまま信じてということは

なかったですね。

 

それでも、GSSの200kmは、1000kgという

軽いボディを195kmぐらいは出たとの話もあり、

当時のスカイラインでさえ190kmは難しいということで

したからね。

 

まあ、そんなにスピードを出すこともないのですが、自分の車の

性能はやはり自慢してしまうというのが、男の性ですね。

 

発売当初は「すてきなパパ、きれいなママ」というCMを

越路吹雪が歌っていたというのが、ウィキに書いてありました。

 

乗ってみても安定性はよかったですね。

東京~山形間は、随分と往復しました。

思い出のある、1台でもありました・・。

 

マツダの「ハイウェイの貴公子」ルーチェって・・?

マツダといえばロータリー!ということは、誰でも知っていること

だと思いますが、以前書いたコスモスポーツ、ファミリアロータリー

クーペ、ルーチェとロータリー3兄弟といわれる車です。

 

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http://sakayans.blog.shinobi.jp/Category/0/91/

 

ロータリーと言えば、電気自動車のような静かな車ですが、

当時はスーパーカーの時代ですから、あまり静かですと「ヴォー」

でなくてもせめて「フオー」ぐらいに音が出る工夫をしていたと

聞いています。

 

ファミリアとコスモ(2代目の)は乗っていました。

ロータリーエンジンは、DOHCのような吠える感じで走ることは

ないので、好き嫌いが強くありました。

 

マツダの当時の車は、今の車と違ってやはり足回りが 甘く

感じられて、車の重心の移動についていけないかなという感じが

しました。

 

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http://clicccar.com/2011/07/16/42041/mazda-luce2/

 

以前1976年のベンツ280SELを大阪から山形まで運転した

ことがありました。

 

25年ぐらい前ですが、東名高速を走り神奈川で、一回トイレタイム

を取っただけですが、そのバランスの良さに驚くというか、

これがベンツかという感じでした。

 

何といっても、高速での吹け上がりとカーブでの食いつきですね。

 

ロールはほとんどかかないし、140kmぐらいで走っても、

乗っている感じは国産の80kmぐらいにしか感じないですからね。

 

今はもう時効ですから話しますが、一番スピードを出したのは、

フェアレディZで乗って、第3京浜で170kmぐらいだったのですが、

この古いベンツでもそこまで行くかなと思いましたね。

当然出しませんでしたが・・。

 

でもドイツ車は本当に違います。

日産プリジデントを乗った時も、クラウンスーパーサルーンを

乗った時も、全くそういう感動はしませんでした。

 

それだけ、アウトバーンの高速道路は、車のバランス性能に

影響させるのかと感心しました。

 

さて、よくルーチェロータリークーペと比べられるのは、

当時の同じジウジアーロのデザインである「117クーペ」。

 

美しさではやはり素晴らしいものがありました。

 

流れるようなラインと、テールのフィニッシュラインや

テールランプはあれ、117かな?」と思えるほど好きな

ラインで、乗ってみたいと思いましたが、値段も一番上級車は、

175万円117クーペの172万円とこれまた似たような

高級車で、とても買える状況の車ではありませんでした。

 

乗ってみての評価は、当時の車の本にFFのために、

やはりハンドリングが甘く足回りとのバランスが出来ていない

ということを書いてあったのを思い出しています。

 

どうしても足回りの弱さは、 国産の研究材料だったと思いました。

それでもどうですか?美しい車ですね。

 

ただ当時のマツダには、まだパーツ等でのフォローが出来ず、

976台の生産で終わってしまったのです。

 

ですから、パーツの補給がないことでも、今現存の台数は

わずかということです。惜しいですね。

 
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