カテゴリー‘スポーツカー’

三菱自動車のGTOです・・。

いつも、ブログをお読み頂いてありがとうございます。

今日は、いろいろな話題があった三菱自動車の懐かしい車

を見てみましょう。

それは、GTOという車です。

 

GTO
http://www.carsensor.net/contents/editor/category_…

 

やはり古き良き時代の1970年頃の車で、
トヨタのセリカ・リフトバックと同じスタイルで、
当時のムスタング・マッハワンのマッスルパワー車
に似た形の車でした。

 

マッハ1
http://www.j-sd.net/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3…

 

車の発売時期は、GTOの方が3年早いのでムスタングが好きな方は、
やはりGTOに目が行っていたと思います。

1970年10月に発売されたのですが、12月には当然のごとく

DOHC(4G32型)のエンジンを載せたMRという車が

発売されました。

 

MRは、Mitsubisi Racingを意味しており、今後の三菱自動車

の最上級スポーツ車に受け継がれることとなったのです。

 

コルトギャランの基本的な設計を流用し、スタイリッシュの

ハードトップクーペに仕上がったのです。

 

スタイルは「ダイナウェッジライン」と呼ばれ、さらにテールも

ダックテールという、米国のマッスルカ―車を彷彿させ様な車でした。

 

MRの車には、1.6Lながら、最高速度200kmの車となって、
三菱自動車の看板モデルとなったのです。

当時の値段は、MIが78.6万円、M2が84.3万円、

そしてMRが112.5万円でした。

 

セリカのリフトバック1600GTが96万円ですから、

価格も安くはなかったのですね。

 

3年後には、2000ccで、125psのGSRが発売されたのが

最後に、排ガス規制で消えていくことになるのです。

 

このGSRには、オーバーフェンダーがついてかっこ良かったですよ。

みんないつかは乗ってみたいと思うような車でした。

 

その弟分として、FTOという車があります。1400ccと

1600ccのエンジンを載せて、MRのようなDOHCは載せる

ことはなかったのです。

 

最上級車はGSRで、やはりオーバーフェンダーを装着していたが、

1974年には、オーバーフェンダーは外されたものとなり、

1975年でその名前も消えることとなったのです。

 

でも、19年の時間を経て、後に再登場しています。三菱自動車

と言えば、ラリーですね。

 

ランサーやパジェロでの優勝等、同社は、モータースポーツ分野でも

サファリラリーやパリ・ダカールラリーではなくてはならないほどの

メーカーとなっているのです。

 

そのことからも、今回のは本当に残念としか言いようがありません。

信用を作るには、大変な努力を重ねてやっとの思いで名が通る

ようになるわけです。

その信用を破壊するようなことは、とても考えられないことですが、・・・。

 

愛のスカイライン~ケンとメリーのスカイライン~♪

「いつだって~、どこにだって~、果てしない空を風はうたってゆくさ~♪」

今でも口ずさめますね。

生ギターのイントロで、「ズンズンジャィン~♪」。

良かったですね。

 

ケンメリ
※愛のスカイライン♪・・。かっこいいですね!!

 

もう自分が主役の映像が流れているようで、
思わずニャッとしてしまいますが、
愛のスカイラインがハコスカといわれた3代目で、
ケンメリが4代目のスカイラインなのです。

 

愛シリーズが2代続いたと言うことなのですね。

 

ハコスカは以前書いてみましたが、
今回は皆さんの大好きなケンメリのスカイライン
書いてみたいと思います。

 

富士精密工業から出発したスカイラインですが、
「山並みと青空を区切る稜線」という意味だそうです。

 

その名付けの親である桜井眞一郎氏が思いついた場所といって、
群馬県草津町の山小屋「芳ヶ平ヒュッテ」に生産50周年を記念して、
プレートが設置されたということです。

 

その富士精密工業がプリンス自動車工業に変わり、
さらに日産自動車に吸収合併されたという歴史の長い車です。

 

その中でも一番売れた車が、ケンメリの愛のスカイラインです。

 

GTR
※何ともいえませんネ~・・。最高です!!

 

やはり、桜井眞一郎氏が設計統括をしていて、
サーフィンラインの特徴がデザインに残されました。

 

この車から「警らパトカー」として導入されることになったのです。

 

「警らパトカー」は、専用の規格があり、
エンジンは6気筒、室内はいつでも拭けるように
ビニール製ということだそうです。

 

このケンメリは、「ケンとメリーのスカイライン」という広告から始まって、
先代のハコスカの愛称「愛のスカイライン」も継承されました。

 

若い男女のカップルが日本を旅するというCMは、
ハコスカの豪快な戦士というイメージから、
ソフトな感じに生まれ変わって、人気が凄かったですね。

 

そのケンメリから、わずか197台しか生産されなかった車、
そしてたった4ヶ月の販売という車が幻の車「ケンメリGTR」なのです。

 

この車ぐらいイメージ的に大成功した車はないと思いますね。

 

BUZZというフォークグループが唄った
CMソング「ケンとメリー~愛と風のように~」は、
オリコンランキング19位まで支持され、
テレビやラジオから流れるメロディーを聞いては
「いつかは乗ってみたいなー・・。」と、みんな思ったことでしょう。

 

そのCMの「木」は、「ケンとメリーの木」と名付けられ
観光名所にまでなったのです。

 

その場所は、北海道上川郡の丘にある木です。

 

1972年に発表され、197台で終わった幻の車、

「ケンメリGTR」。

 

排ガス規制は、それまでの多くの個性ある車を、
引退に導くことになったのですね。

 

ちょうど私の20歳過ぎの頃が、
最高の車が見られた時期かと思われます。

 

本当に今思っても懐かしく思います。

 

ただ、今残念なのは、一度だけでもその勇姿をサーキット。

見せて欲しかったですね。 

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