カテゴリー‘スポーツカー’

ランチア ストラトスって・・車?

 

ヴィンチェンツォ・ランチアという人が創業者ということですが、

この「ランチア」もイタリアのメーカーなんですよ。

 

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http://kamemori.tumblr.com/post/37402465858/%E3%83…

 

この車は全くの、ラリーカーであって一般乗用車的な感じはない

車です。って言うと言い過ぎかな・・。

 

ランチアといえば、ストラトスの前にフルヴィアという車もあった

のですが、この車に乗った(友人の車ですが・・。)ことがあります。

 

すごく癖のある車で、じゃじゃ馬を超えて暴れ馬のようなというか、

友人も故障が多かった車だと言っていましたね。

でもクーペでしたから、嫌いなスタイルではなかったですね。

 

そのランチアが、レースのために作り上げたのが、

「ストラトス」という車です。

 

ホモロゲーションマシンといって、レースには、排気量や

エンジンの種類(自然吸気・ターボ)、そして市販車で

あれば生産台数等の規定があって、それをクリアするために

車を作る目的もあるのです。

 

ですから、乗り心地とか走りやすさとかインテリアに気を配る

という、それさえもないという状態の車さえあるのです。

狙いは、国際レース(WRC)での優勝です。

 

そのような状況での車ですから、普通の乗用車を考えては

乗れません。

 

フルヴィアは、1・3Lクラスのエンジンですが、

101馬力もあるエンジンですから、圧縮比も高くしてあった

と思います。

 

通常の乗り方で乗っていると、エンジンの回転がおかしく

なってきます。

 

ですから、余り低回転での走行は出来ません。

空吹かしも必要な乗り方をしていくテクニックも必要です。

さて「ストラトス」ですが、まずその特徴です。

 

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http://current-life.com/column/lancia-stratos-hf/

 

狭い、低い、運転技法が難しいということで、

普通の方は乗りたいとは思わなかったでしょうね。

まあ、私の勝手な想像ですが・・。

 

もう車の開発目的というか、狙いは完全にラリーでの勝利しかない

ですから、逆に希少性やマニアックな車として人気はありました。

 

まず、形は未来の車ですね。1970年ですからね。

 

日本の車では全くの箱型の車時代ですから、

こんな車が街を走ったら、「UFOか、何があったんだ!」

状態だったと思います。

 

デザインはあのベルトーネです。

 

ランチアは、「ストラトス」の時には、

既にフィアットの傘下に入っていたのです。

 

フィアットとしては、目立つ車でぶっちぎりと言う宣伝効果も

あってか、半端じゃない位の力の入れようだったのです。

 

エンジンは、フェラーリ・ディノ246GTに使われたもの

と同じと言うことで、イタリアの車メーカーがそれぞれの技術力

を活かした業務提供をしていたのですね。

 

とにかく、未来志向の目立つ車で、

「ラリーといえばストラトス!」の一時代を築いたのです。

 

オートバックスの車って何・・?

そうです。ASL・ガライヤという車です。

オートバックス・スポーツカー・研究所(ASL)の「我来也」という

中国の盗賊で、鼠小僧のようにその盗品を貧民に配った

という話の名前です。

 

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http://www.dreamswan.com/GT4/Car/ASL/G02/Car.htm

「ASL」は、トミーカイラ(ブランド名は、トミタ夢工場創業者の

冨田 義一(とみた よしかず)社長と解良 喜久雄(かいら きくお)

副社長の名字を組み合わせたもので、1987年から製造販売が開始された

公認チューニングカーで使用された。=ウィキ参照)のオリジナル

スポーツカー部門を買収して、そのまま引き継ぐような形で設立された

会社です。

 

と有りますが、あのオートバックスが小売業から研究開発までを

やっていたことは、噂にしか聞いたことがなかったのです。

 

ただ、SUPER GT レースには、その後に参戦していたので

皆さんにも広まったかなと思います。

 

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http://f1-web-gallery.sakura.ne.jp/cn21/pg57.html

ただ、イギリスで製作され100台の初年度販売目標となっていた

らしいのですが、なかなか販売まで行き届かずに終了となり、

すべては終わったかに思えていたのです。

 

その後、2007年に鈴木亜久里の「我来也」復活の音頭で、

再参戦し活躍していました。

 

ただ、自動車業界の難しさから、2012年にその活動を休止

せざるを得なかったのです。

 

さて、本題の「ガライヤ」ですが、2ドアスポーツカーで、

ボディはオールアルミ製。ドアは、ガルウィング式ドア。

 

車の重さは800kgという軽さの車に仕上がったのです。

試作車は、イギリスの頭部ということでロータス・エリートなどの

工場があるようなところで造られました。

 

「ガライヤ」の主要部品は、ほとんどが日産のもので

テールランプは、アルファロメオということですが、

日産との業務に対する契約がもっと深いものまでなっていたら、

継続が出来ていたかもしれないと勝手に思ってはいますが・・。

 

少量生産のスポーツカーということで、価格設定も高いのかな

と思ったのですが、650万円という金額だったそうです。

 

まあ、高いか安いかは、購入する人の心づもりということ

なんですが、乗って走ってみたいですね。

 

ただ、ちょっとこの派手なスタイルでは、恥ずかしいのが

先に来るかもしれませんね。

 

それにしても、購入時には試験があるというのも驚きませんか?

実技・筆記・面接ですよ。お金があっても試験に合格するかは、

難しいものだったかもです・・。

 

アルファロメオに、万博の名前が・・?

アルファロメオ・モントリオールという車です。

 
アルファロメオという自動車会社は、イタリアの自動車会社で、

歴史は古く、1910年設立ということです。

第二次世界大戦以前から自動車レース界の雄といえる会社です。

 

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http://www.super-car.net/alfa-romeo-montreal/

 

アルファロメオの名前は、ほとんど車が好きな人なら知らない人はいない

と思いますが、当然イタリアでも名が通っている由緒あるメーカーです。

 

でも、やはり業界の不況とも重なりその影響で、今はイタリア最大手の

フィアットの傘下になっています。

 

それでも、レースイコールアルファロメオということでスポーツカー の

ブランドとして、今でも頑張っているようです。

 

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http://www.super-car.net/alfa-romeo-montreal/

 

1920年代にそのレース部門の責任者だったエンツォ・フェラーリ

のちに独立して、かの有名なフェラーリを設立したのです。

 

後にそのフェラーリでアロファロメオの車に勝った時に、

「私は自分の母親を殺してしまった」といってその複雑な気持ちを

話していたとか(ウィキ参照)。

 

ここまでいろいろな車の話を書いてきましたが、とにかくイタリアは

凄い国ですね。

 

頭は常に、レースレースという感じに見えませんか?

フェラーリ、ランボルギーニ、デ・トマソ、マセラティ、ランチア、

フィアット、アウトビアンキ、アバルト・・・。数えられません。

 

とにかくわかったことは、イタリアという国は男も女もスピード狂

(失礼しました・・。)といえるのかも知れませんね。

 

さて、アルファロメオ・モントリオールについてですが、

この車の名前は、1967年のモントリオール万博に出展された記念

ということで、この名前が付けられたのです。

 

製造販売としては、1970~1970年の間に3700台ぐらいが

生産されているということです。

 

日本には、伊藤忠商事が総代理店として10台のみ輸入された

ということです。

 

まあ、ですから見かけることが出来れば奇跡としか言えないかも

しれませんね。

 

デザインは、かの有名なベルトーネで、私としては好きな方ですが

皆さんはどうですか?

 

ただ当時の価格としては、大学初任給が4万円の時に770万円

したのですよ。今なら、4000万円ですね。

 

心臓部のエンジンは、2593ccで230ps、最高速度は220km/h

というスーパーカーブームに話題性を常に出してくれた車でもあります。

 

でも、ちょっと乗ってみたいとは思っても、価格を考えると雲の上の

夢の話でもありました。

 

希望に燃えて、「宝くじ」でと思ったのですが、当時は、1等1000万円

が当たらないと買えないなという厳しい現実が買う気力を無くさせて

くれました。でも、夢だけは見ていたいですね。

アルピーヌ A110はすごい車です・・!

「アルピーヌ A110」。

この名前も皆さんはご存知かもしれませんね。

 

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https://newcars.jp/news/renault-alpine-as1-spyshot…

 

フランスの自動車メーカーですが、ルノーという同じフランスの

自動車メーカーが親会社で、日産自動車の親会社としても有名で、

カルロスゴーン氏が現会長です。

 

アルピーヌは、そのルノーのディーラーをやっていたレーシング

ドライバーのジャン・レデレ氏が設立した会社なんですね(ウィキ参照)。

 

1956年ですから、それほど古い会社でもないのですが、

このアルピーヌA110は、ラリーでもサーキットレースでも

大活躍を見せてくれたのです。

 

ですから世界的にも、名が売れた車なんです。

ただ、やはり浮き沈みの多い業界で1973年にルノーに株式を

譲渡してからは、アルピーヌ・ルノーというブランドで生産を

続けてきたのです。

 

2001年に、カルロス・ゴーン氏が会長に就任してからは、

車種の拡大と共に、アルピーヌのブランド復活をかけていますので、

来年の2017年にはきっとすごいスポーツカーが発表される

ことがわかっています。期待しましょう!

 

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http://racingcar.ready.jp/?p=987

 

さて、A110の話の続きをしたいのですが、まずは特徴として、

A110のデザインですね。

 

ドイツのポルシェ似の顔で、FRPのボディーにより730kgという

軽量化が実現し、駆動ほうしきもRRというポルシェ911のような

走りからWRC初代の優勝車となったのです。

 

さらにルマン24時間レースでも大活躍を見せてくれたのです。

 

2012年にはアルピーヌA110の50周年にあたるとして、

なんとあのスカイラインGTRのエンジンをミッドシップに積んで、

それにカーボンファイバーのボディを組み合わせるというちょっと

贅沢な車が造られたのですが・・。

 

まあ、それほどA110にかける思いは大きかったと思われますね。

 

私もこの頃の時代が青春だったので、当時はラリーに夢中になり、

ちょっとした大会にも参加したりして、車バカというあだ名も

うれしかった時期ですね。

 

22歳になって、父が倒れ、土建業の後始末や、負債の整理から、

さらに父の入院の付添と寝る暇がないくらいに日常生活が変わって、

3か月ぐらい経った頃に疲労で倒れてしまいましたが、

それでも18歳からの4年間の思い出は忘れられない、

充実していた時期ですね。

(まあ、傍から見たらただのバカ息子ですが・・;。)

 

1977年にこの車も歴史が終わるのですが、

ホントにレースのA110という感じで、その頑張りには

拍手を上げたいぐらいです。

 

日本にはどれくらい入ってきたのかはちょっとわからないのですが、

十数台の車が中古車市場では出ているようです。

が、すべて値段はASKとなっていましたが・・。

 

1962年から1977年まで、初めは1L未満の排気量から始まり、

レースの1.8Lの時は200km/hオーバーの最高速度も出せる車

世界の度肝を抜いたともいえる車だったのです。

77年以降は、スペインやメキシコでも生産が続けれたようです。

 

でるか、アルピーヌ 2017!!

 

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http://www.autocar.jp/news/2015/06/09/126493/

 

DB5といえば、007ですね・・!

アストンマーティン DB5!!

この車ほど、有名な車はないかもしれません。

 

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http://123hdwallpapers.com/ja/aston-martin-db5-roa…

 

このアストンマーティンは、英国の自動車メーカーで、

正式な名称は「アストンマーティン・ラゴンダ」です。

 

「アストン・クリントン」村の名前と自分の

「ライオネル・マーティン」の名前を合わせたもので、

1913年と歴史もある品質にこだわった、手作りの車という

高級車専門の自動車会社ということです。

 

採算を度外視している為に、経営不振に陥ることが多かった

ということで、経営もいろいろ変わった会社なのです(ウィキ参照)。

 

この車にある、「DB」も一時経営していた「ディヴィット・ブラウン」

のイニシャルということです。

 

なぜ知らない人がいないのでは、と書いたのは、

映画007のボンドカーとして幾度となく出演している為です。

 

とにかくその出演映画の多さは驚くほどで、一つの車が

これほどまでに使用されたということは、

イギリスの営業かなとも感じられるぐらいですね。

 

ちょっと「ウィキ」から拾ってみましたが、ボンドカーとして

『ゴールドフィンガー』『サンダーボール作戦』『スカイフォール』

に使用され、また『ゴールデンアイ』『トゥモロー・ネバー・ダイ』

『カジノ・ロワイヤル』『スペクター』でも登場し、

アメリカ映画『キャノンボール』ではボンドカーに準じた装備で

ロジャー・ムーアのマシンとして登場している。

 

アメリカのTVドラマ『スパイ大作戦』の第1シリーズ

「武器弾薬を渡すな」では、左ハンドル仕様で赤い車体のものが、

メンバーの逃走用自動車として使われたとも載っていました。

 

ボンドカーでは、本当にすごい車にチューンされていて、

あんな車があったらなあと、本当に思わせた車でした。

 

アストン・マーティン社の凄いところは、その造りというか

2014年現在で、過去の出荷台数の9割が実動車という

ことなんです。

 

こんな自動車会社があったのですね。

ただ、高級車ということもあってあまり製造されなかったようです。

 

DB5の心臓部には、3995ccの排気量で、

282hpという馬力と314ps馬力という2車種が販売されて

いたようです。

 

DBシリーズでは、その後も生産されてDB10までなっています。

そのDB10ですが、映画「007スペクター」の登場した車が

オークションにかけられて、

243万4500ポンド(3億9000万円)で競り落とされた

ということです。

 

当然のごとく、映画に使われる車は改造に改造せれていて、

実在する完全な車はあるのかなと思ったら、

2台だけ残っていてその中の一台ということですから、

本当に自分だけのための車ということになるのですね。

 

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http://www.roadandtrack.com/car-culture/entertainm…

 

そして、この車にはボンドのサインも入っているということですが、

公道を走る承認を得ていないので自分の庭を走るということでしょうか、

っていう心配はいらないですね。

ポルシェ911って知らない方は・・?

ポルシェ911。

もう説明はいらないですよね。

 

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http://www.carsensor-edge.net/wallpaper.html

 

フォルクスワーゲンの「かぶと虫」を造る時に、ヒトラーと共に

手を尽くした「フェルディナント・ポルシェ」によって

デザイン事務所として設立された(ウィキ参照)会社とあります。

 

そして、その会社名は、

フェルディナント・ポルシェ名誉工学博士株式会社」という

何とも長い名前なんです。

 

高級スポーツカーとレーシングカーの専門メーカーとして

今でも世界的に有名な会社ですね。

 

特に、1963年の「911」は、世界のポルシェといわれる車に

なって、まず車の好きな人なら知らない人はいないでしょう。

 

デザインの会社からスタートして1948年に初めて息子の

「フェリー・ポルシェ」が、356.001という

アメリカンロードスターを発売して自動車メーカーになった

ということです。

 

それでも、デザインやエンジニアリングの方も続けていて、

メルセデス・ベンツの500E、C11、ボルボ960、

アウディアバントなどのエンジンチューンを手掛けたりして、

他のメーカーの割合が10%を超えるような信頼された仕事を

続けていたのです。

 

特に有名なのは、月面車の設計を受注しその設計料は

5000万ドルだったといわれています。

 

経営の同族とした状態は、その後のいろいろな経営事由もあり、

フォルクスワーゲンの株式を取得し、傘下に収めるという目論見

もあったということですが、その資金を巡って逆に行き詰まりに

追い込まれるという事態になり、2012年8月1日に

フォルクスワーゲンの完全子会社になってしまいました。

 

今回は、親会社の不祥事もあって、ちょっとまた行く末が

と思いましたが、今は少し落ち着いてきているように思います。

 

ポルシェも、1990年代のアメリカでの不振が続き、

その奪回を目指して「ボクスター」というロードスターや

SUVの「カイエン」という車なども発売して2008年には、

10万台近くの実績を作っています。

 

「カイエン」は、フォルクスワーゲンとの合作として販売し

成功を収めているのです。

 

ドイツ車の素晴らしさは、以前に書きましたが、

足回りの安定感や高速道路での走行安定感は、そのスピードを

感じさせないほど素晴らしいものです。

 

ドイツ周辺には、ヒトラーが考えたというアウトバーンがあり、

日本の高速道路のように制限速度がなく、最高速度が無制限ですが、

130km/hが推奨最高速度などど標識などに出ているそうです。

 

皆さんはどれくらいのスピードを出したことがあるでしょうか?

若かりし頃は、馬鹿さ加減で走ってしまいましたね。

ちなみに私は175km/hが一般道路でのスピード記録です。

 

でも、40年前ですからとっくに時効ですと、

一言付け足しておきます・・(恥かしいですが・・。)。

 

9112016

https://www.kurumaerabi.com/test_drive/2016/427/

 

ポルシェ911は、今でも一回は乗ってみたい車ですね。

「7」といえば「RX7」ですね・・!!

「7」といえば「RX7」ですね・・!!

マツダ・サバンナ・RXー7というのが正式な名前です。

 

rx7

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%84%E…

 

1978年3月に発表されて以来、三代目の車まで24年間

スポーツカーに徹したロータリーエンジンの車です。

 

当時は、スーパーカーブームであり、よくポルシェ924

似ている国産車ということでも人気はありました。

 

ただ、似てはいるのですが、どうにも安っぽいという感じが

あって、アメリカでは「プアマンズポルシェ」という何とも

上から目線的な愛称をいただいたのです。

 

初代のRX7に限ったことではないのですが、マツダだけではなく、

日本車全体に言えることですが、特に足回りのバランスが貧弱で

カーブでの落ち着きも甘く弱かったようです。

 

それでも、排ガス規制以前は各社とも、馬力の数字には敏感に

なっていた頃ですから、その頃の最高速度や馬力の数字にまず

戻すこと、このことが目標だったのです。

 

この初代では、0~400mが15.8秒ということなので、

まずは排ガス規制の前に戻ってきたと言えるようでした。

 

その数字は、240ZGがたたき出した数字だということで、

まずは第一歩ということです。

 

この初代のエンジンは、12Aという573cc×2ローターで、

130psと165psの2車種があり、車両重量も1005kg

でそれ程重くはなく、逆にちょっときゃしゃかなという感じでした。

 

7年後、二世代目のRX7となり、ポルシェ944に似た感じで、

エンジンは13Bとなって215psまで上げてきたのです。

 

タイム的には、0~100mで7秒弱、最高速度238.5km/h

という数字をたたき出しました。

 

この数字からは、もうその辺の車には負けてはいない位になって

いました。

 

1991年には、ルマン24時間レース総合優勝を決めて、

特別仕様車「ウィニングリミテッド」を1000台発売している。

 

そして何と、カブリオレを記念に発売もしていたのです。

あまり見たことはないですね。当然販売台数も少ないしね。

 

でも、ロータリー史上初めての二人乗りのカブリオレ

ということだそうです。

 

さて、三代目になると「ザ・ロータリースポーツ」とか

「ザ・スポーツカー」というキャッチフレーズの車でしたから、

力の入れようは半端じゃありませんね。

 

エンジンは、13Bで280psという国産限度の数字まで

上げているのです。

 

また、他のロータリーエンジンの搭載車が1996年に終了して

からは、RX7が唯一の ロータリーエンジン車となったのです。

 

この車は、より軽く、より低く、より早くというスポーツカーの

原点を掴み取ったようでしたが、スポーツカー需要や燃費問題

というロータリーエンジンが持つ欠点をカバーするまでは

至らなかったのです。

 

そして、2002年にその歴史は閉じたのです。

完成度が高かったのですが、やはりその時々の時代の流れ

とはいえ、寂しいことですよね。

 

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http://response.jp/article/2015/07/09/255327.html

でも、また復活してくるかも・・。

コルベット ステイングレイの勇姿と大場選手とは・・?

コルベット・スティングレイの勇姿は・・!かっこいいですね!

「コルベット・スティングレイ」、GMの車です。

 

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http://garagekm.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/pos…

 

シボレーブランドの車で、英国やイタリアなどのスポーツカーに、

負けないような車を作らないといけない、ということで開発された車だそうです。

 

初代こそ、アメリカンという車だったのですが、

二代目からは徐々にイタリアンスーパーカーに追いつけ追い越せのような

開発合戦を繰り広げてきたのです。

 

ですから、徹底したハイパワーにこだわり、ロングノーズにショートデッキという

FR(フロントエンジン・リアドライブ)の車にもこだわったのです。

 

第四世代からは、その傾向が特に目立つようになり車高も1200mmを切るような

本当に流れるような 美しさを持った車に変わっていったのです。

 

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とにかくデザインの美しさとパワーの凄さには、通常の市街地をドライブする

ような気分で乗れるものではなかった、ということが言われていました。

 

とにかくレーシングマシンを、そのまま市道で走らせたということです。

 

皆さんもご存じの、プロボクシングWBA世界フライ級チャンピオン「大場政夫」選手は、

1973年1月25日、このコルベット・スティングレイで、首都高5号線を走行中、

カーブを曲がりきれず、中央分離帯の乗り越えてトラックと正面衝突。

 

トラックの下に押しつぶされるようになって、一瞬見ただけで助からないだろうと、

言われたぐらいの酷さだったと言われています。

 

それから一気にコルベット・ステイングレイの名が広がり、日本でも一躍有名な

車になったのです。

 

大場選手は、その強さでもファンは多く事故のニュースでは、

日本中が信じられないほどのショックを受けた出来事だったのです。

23歳の若さでした。「永遠のチャンプ」といわれています。

 

第四世代に入り、その姿はさらに低く、流れるような美しさに、

獲物を狙うようなそのコルベットですが、1988年には、チューニングされた

エンジンは、900馬力という化け物に引き上げられて、最高速度409km/h

という世界最高の数字をたたき出した(ウィキ参考)のです。

 

行動を走るレースマシンのコルベット・スティングレイですが、やはりある程度

の運転技術が必要だということを認識して購入した方がいいかなと思えます。

 

今のコルベットは、7代目となっていますが、以前のような個性的というよりは、

何か今発表される車達の顔は、みんな似ているように感じられるのは私だけかな

という思いがあります。

皆さんはどう感じていますか・・?

ナイトライダーってトランザム・・?

ナイトライダーってトランザム・・?

ゼネラルモーターズのポンティアック・ファイヤーバード・トランザム

がその正体です。

 

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http://jp.autoblog.com/tag/knight+rider/

 

ファイヤーバードの第三世代で、第二世代の荒々しい車から、

大人の車という感じに変わりました。

 

第二世代は、イーグルマスクで火の鳥をボンネットいっぱいに飾り、

排ガス規制前には何と7.5Lのエンジンで540馬力という

化け物みたいな車だったのです。

 

「トランザム7000」という映画によってトランザムの名が

一躍有名になったと言われていますが、当時はもうお化け

みたいな車たちばかりで、ガソリンを撒き散らすようなもの

だったのです。

 

しかし、国産車も排ガス規制から、エンジンの力は相当ダウン

させられてしまったのです。

 

1987年になって、第三世代のおとなしそうなヨーロピアンタイプ

となり、その車を改造したのが「ナイトライダー」ということなんです。

 

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https://goin.jp/5274

 

カッコよかったですね~

車が言葉を話すという設定では、こんな車がほしいと私でさえ

思いましたが、やはりアメリカでもその影響があったらしいです。

 

その「ナイトライダー」の番組を見て、ナイトライダーのトランザム

がほしいとお客様が増えてきて「ナイト2000」という車だと改めて

発表したとか。それだけテレビの影響は大きいのですね。

 

この第三世代ぐらいから、火の鳥のマークは使用しないように

なったということですが、初めてイーグルマスクの時の、

黒い車に書かれた 火の鳥にはびっくりしました。

 

カッコいいけど派手すぎるんじゃないのかなと、

一瞬ひるみましたが、その派手さがよかったのでしょうね。

 

街でも結構見かけましたからね。

 

第三世代になると、なかなか私の眼には入らなくなって、

それほど日本には入ってこなかったのかなと思うのですが、

どうなんでしょうね。

 

アメ車というと、まず大きいということと、ガソリンをばら撒く車という

イメージですが、ヨーロッパや日本はやはり石油が産出されない

国なので、小型で燃料の食わない車が主流になっています。

 

最近は、またスポーツカーブームのようになって来ましたが、

1970年代の前のような個性ある車の時代までは、ならないのかな

と思いますね。

バラクーダって魚ですか・・?

バラクーダって魚・・?なんて言ってもうけないですね・・;。

バラクーダってご存知ですか?

 

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http://afosi.exblog.jp/10141490/

 

結構やんちゃな車なので、いろんな映画に出演していますね。

正式には、クライスラー社のプりムス部門で製造された車で、

プリムス・バラクーダといいます。

 

「さんま」さんの車というのも結構知られていましたが、

特にすごいのは、ワイルド・スピードの映画ですね。

 

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http://www.woowals.com/%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%80…

 

7作目のSKY MISSIONという映画ですが、主演のポール・ウォーカー

が事故で死亡するということもあって、皆さんが見られたかもしれません。

 

その中の車の一台に、バラクーダがしっかり出ていましたが、

1973年製の車のようです。

 

その他にも多くの映画に登場するくらい人気がありましたね。

 

この車が発売になった時は、フォード・マスタングも発売を

目指していて、その一週間前にバラクーダが発売されたという

ことです。

 

バラクーダは、初めからファストバックという、リアを

なだらかにした物で、そこのところをガラスにした当時としては

最大のリア・ウィンドウ・ガラスの車だったのです。

 

そして、手ごろな価格で、コンパクトでスポーティカーで

スタイリッシュな車を、ポニーカーと呼んでいたということです。

 

3代目のバラクーダは、特にマスタングや当時の車たちの歩む

巨大化路線に進んでいったのですが、1973年のオイルショック

により、他の車同様生産終了に追い込まれていくのです。

 

でも、バラクーダは、その次の年の1974年まで持ちこたえた

ということですが、やはり終了という決断に迫られたのです。

とにかく、アメ車の大きさは半端じゃありませんね。

 

1970年に造られた車で、ヘミ・エンジンと呼ばれ7.0Lという

桁外れのエンジンの、ヘミ・クーダという車も発売されましたのです。

 

この当時の車は、いろんな映画に出演しているように人気があり、

今はコレクションになっているということなのです。

 

この3代目の車は、ダッジ・チャレンジャーの兄弟車ということで

登場しています.

 

このバラクーダは、当時のアメリカそのもので、とにかく大きい

ことはすべてが大きく、エンジンから車体まで、オイルショックが

なかったら、どうなっていただろうと思わずわくわくしてしまいます。

 

兄弟車のダッジ・チャレンジャーも人気が高く、発売時の1970年

には、8万台というセールスを記録したということです。

 

オイルショック以来、ほとんどのマッスルカーが生産を止めたことで、

アメリカンドリームのような力強い時代の終焉のような感じになって

いました。

 

2008年ぐらいから、またマッスルカーが出始めているようですが、

今はマッスルカーとは言わなくなっているのかも・・。

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